自分の身体の上で放心していた陽菜子だったが、隣で少年が動いた気配で我に返る。
のろのろと顔を上げると、彼は立ち上がってこちらを見下ろしていた。
陽菜子にどくように言うと、転がっていたままの身体を抱き起こしてくれる。
「見た感じだと、かすり傷くらいか? 骨は折れたりしてなさそうだけど」
土と草にまみれた制服の汚れを軽く払ってくれていた少年だったが、陽菜子の後頭部に触れた途端、僅かに動きを止めた。
「え、何? もしかして、頭割れてる?」
「血も出てないのに、そんなわけあるか。でっかい瘤ができてるだけだ」
慌てて詰め寄る陽菜子を冷めた目で見ながら、彼はそっと陽菜子の後頭部に手を当てる。
そっけない言葉ながら、労わるように撫でる仕草に目を丸めた。
今は身体と中身が別々だから、触れられている感覚はない。
でも、何故だか心が温かくなった気がして、自然と笑みが浮かんだ。
「良かった、私、てっきり死んじゃってるものだと思ってたから」
安堵と供に滲んだ視界で、少年が呆れた顔で溜め息をついた。
「息してるの、見れば分かるだろ。確かめなかったのか?」
「だ……だって! 自分の死体なんて、見るの、怖くて……」
只でさえ混乱して、頭が真っ白になっているのに、自分が死んだ現実など見たくなかった。
透けた自分の身体と、動かない自分の腕を見た瞬間の恐怖に、陽菜子は身を震わせる。
守るように自分の肩を抱きしめた陽菜子だったが、ふと思い出して顔を上げた。
「あ! でも、じゃあ、生きてるなら、どうして身体に戻れないのかな?」
先程、自分の身体に縋りついた時、特に変化は起こらなかった。
漫画やテレビなら、あそこで吸い込まれるように自分の身体に戻ったりするはずだ。
もう一度、抱き起こされた自分の胸辺りに触れてみるが、すり抜けるだけで一向に元にもどる気配はない。
期待を込めて少年を見上げるが、彼は小さく首を振った。
「そこまでは俺も分からない」
「そう、だよね」
肩を落として、陽菜子は自分の身体を見下ろす。
せっかく生きていると分かって喜んだのに、このままでは状況としてはあまり変わらない。
「……これから、どうしよう」
俯いてしまった陽菜子を黙って見ていた少年だったが、僅かに考える素振りを見せた後にぼそりと呟いた。
「店長なら、何か分かるかもしれない」
「店長、さん?」
「あの人、変わったことを色々知ってるから。ただ、本人もそうとう変わってるけど……」
ほんの少し嫌そうな顔をした少年は、次いで陽菜子に視線を向ける。
どうする?とでも言うように、琥珀色の瞳がじっとこちらを見詰めていた。
陽菜子は拳を握ると、勢い良く立ち上がる。
「行く! だって、何も分からないままここに居るより、ずっと良いもの」
変人だろうと、奇人だろうと、そんなことは関係ない。
戻れる可能性があるのなら、何にだって縋ってやる。
それに、自分は一度死んだようなものなのだから、怖いものなんて何もないはずだ。
鼻息も荒く意気込む陽菜子に、少年は僅かに驚いたようだった。
だが、すぐに立ち上がると、近くに落ちていた陽菜子と自分の鞄を手に取った。
急に動き出した彼を不思議そうに見ていた陽菜子だったが、次の瞬間慌てて彼の側に寄る。
少年が、動かない自分の身体を背負ったからだ。
「わ! あの、私、重くない?」
「別に、それほどでもない」
意識のない人間とは、とても重いものだと聞いたことがある。
それに、自分は特別に軽い体重ではないし、加えて二人分の荷物も持っているのだ。
宙に浮いたまま、おろおろと少年の周りを漂う陽菜子を一瞥して、彼は川辺の坂を登り始める。
軽々と坂を登り切ってしまった少年に驚きながらも、陽菜子は彼の後を追いかけた。