「さて、そろそろ僕はアクセサリーの創作に取り掛かろうかな」
陽菜子から枝を受け取ると、店長は気持ちを切り替えるように声を上げる。
くるりと方向転換をして、壁際で成り行きを見守っていた祥に視線を向けた。
「じゃあ、店番はよろしくね、祥くん」
手を振って店の奥に消えていく店長を見送り、祥は一つ息を吐く。
彼も一旦店の裏に姿を消したが、すぐにエプロンを持って帰ってきた。
ついでに着替えもしたのか、無地のTシャツを着ている。
その上からエプロンを掛け、店内の商品に丁寧に叩きを掛けていく。
祥の後姿を見詰めながら、手持ち無沙汰の陽菜子はソファーに目を向ける。
そこには自分の身体が横たわっており、暢気な表情で眠り続けていた。
我ながらなんとも阿呆面で、陽菜子は深く溜め息をつく。
座って店長が戻ってくるのを待とうかと思ったのだが、自分の身体の上に座るのは遠慮したい。
店内を見渡すと、出窓の側に古い椅子が置かれていた。
それをちらりと見てから、陽菜子は祥に声をかける。
「神代くん」
「何だ?」
祥は古本を並べ替えていた手を止め、陽菜子の方を振り返る。
「あの、あそこに置いてある椅子って、商品なのかな?」
「商品と言えば商品だろうけど、別に座っても構わないんじゃないか」
陽菜子が指差す先を確認し、祥は軽く頷いた。
店員から許可をもらい、陽菜子はさっそく椅子に近付く。
年季物らしい安楽椅子は、どこかの映画にでも出てきそうだ。
そっと木製の背もたれに触れると、ギッと古めかしい音を立てる。
陽菜子が恐る恐る腰掛けると、揺り篭のようにゆらゆらと揺れた。
(私、幽霊だから、体重なんてないはずなのに)
何だか可笑しくなってきて、陽菜子はくすくすと笑う。
かつて、この椅子に座って、同じように揺られていた人がいたのだろうか。
それは、いつか見た映画のように、年老いた婦人なのかもしれない。
もしそうだとしたら、彼女は安楽椅子に座りながら、編み物でもしていただろうか。
もしくは、遊びに来た孫たちが、面白がって椅子に揺られただろうか。
想いを馳せるうちに、陽菜子の瞼がゆるゆると閉じていく。
誘われるまま、陽菜子は夢の中へと落ちていった。
*************
「……り……ふ……もり」
ゆらゆらと身体が揺れる感覚に、陽菜子は顔を顰める。
心地よい眠りは抗いがたく、再び寝息をかき始めた陽菜子だったが、また身体を揺すられ不機嫌そうに頬を膨らませた。
仕方がなく瞼を開くと、祥が自分を覗き込んでいるのが見える。
「起きろ、藤森」
ようやく現状を理解した途端、陽菜子は安楽椅子から跳ね起きた。
何度か目を擦り、じっと祥を見詰める。
呆けたままの陽菜子を、彼は訝しげに見返した。
「藤森、どうかしたのか?」
「う……ううん、何でも、ない」
慌てて首を振ってから、陽菜子は大きく息を吐き出す。
一瞬、祥の髪が金色に光って見えたのだ。
だが、しっかりと起きてから、もう一度見直した彼はちゃんと黒髪だった。
どうやら、夕日に照らされていたために、目が錯覚を起こしたらしい。
「って、もうこんな時間なんだ」
随分と眠っていたらしく、空はいつの間にか茜色に染まっている。
目を細めて夕日を眺めていると、後ろから陽菜子を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、ひなちゃん、起きた?」
「店長!」
店の奥に引っ込んでいた彼が戻って来たという事は、アクセサリーが完成したのだろうか。
逸る気持ちを抑え、陽菜子は椅子から立ち上がって店長の方へ駆け寄る。
「じゃーん! どう、結構可愛くできたと思うんだけど」
店長が胸を張って差し出してきたネックレスを、陽菜子はまじまじと見詰めた。
シルバーの細いチェーンの先に、花を模った銀細工がぶら下がっている。
どことなく白樹の花に似ているそのモチーフの中央に、白樹の雫がはめ込まれていた。
「ネックレスなら、制服の中に入れちゃえばそんなに目立たないしでしょう?」
言葉にならず、何度も頷く陽菜子に笑みを返してから、店長はソファーに足を向ける。
「じゃあ、早速つけてみるから、ひなちゃんは心の準備をしておいてね」
店長の言葉に、陽菜子は息を呑んで自分の身体を見詰めた。
あまりの緊張に口から心臓が飛び出してしまいそうだ。
祈るように両手を組んで、陽菜子は成り行きを見守る。
自分の身体が抱き起こされ、ゆっくりとネックレスが首に掛けられた。
陽菜子がその光景を客観的に見ることができたのは、そこまでだった。
急激に引っ張られる感覚に、思わず目を瞑る。
勢い良く目を開いた時、飛び込んできたのは木目のある天井だった。
がばりと起き上がった瞬間、後頭部に激痛が走った。
頭を抱えて、陽菜子はソファーに蹲る。
「ひなちゃん、大丈夫?」
「痛い! 嬉しい! でもやっぱり痛い!」
陽菜子は頭の痛みに呻きながらも、満面の笑みを浮かべた。
何も知らない人が見ていたなら、きっと頭の中身を心配されただろう。
だが、痛みを感じるという事は、ちゃんと身体に戻れたということだ。
店長に礼を言おうと顔を上げた陽菜子だったが、何かが突然顔面に張り付いてきた。
その勢いがあまりに強く、陽菜子は後ろに引っ繰り返る。
同じ患部を打ちつけ、今度こそ痛みで声も出ないまま、ソファーの上で悶絶した。
「な……なにぃ?」
ようやく落ち着いた陽菜子は、頭を抑えながら涙目で顔を上げる。
だが、目に飛び込んできた光景に、唖然と口を開いた。
『娘っ子が起きたぞ!』
「っな!」
子鬼や一つ目、ひょっとこ、輪入道に傘化け。
皆一様に小さいサイズだが、どこぞの妖怪図鑑で見たような顔ぶれが、ソファーの端を陣取っている。
彼らはこそこそと内緒話をしながら、陽菜子を指差した。
『どうやら、わしらが見えておるようだぞ』
『ならば、人の子ではなく、妖怪か?』
『だが、それにしては弱そうだ』
『神代の小僧の方が上だな』
『ということは、わしらの子分じゃ』
きゃっきゃと声を上げる妖怪たちを凝視してから、引き攣った顔のまま店長に視線を移す。
「あらら、もしかして、見えるようになっちゃった?」
「て……てん、ちょ……」
「まぁ、幽体離脱して戻るって事は、一回死んで生き返った様なものだからねぇ」
思案顔で腕を組んでいた店長だったが、笑みを浮かべると、陽菜子に片手を差し出した。
「改めまして、ようこそ、ひなちゃん。おいでませ、此方の世界へ」
輝く店長の笑顔に、陽菜子は眩暈を覚えた。
ふっと意識が遠のき、再びソファーに倒れこむ。
『また倒れたぞ!』
『やはりひ弱じゃのう』
『子分決定じゃ!』
嬉しげな妖怪たちの声が聞こえた気がして、暗転する意識の中、陽菜子はがっくりと頭を垂れた。