『あぁっ……!』
今まで触れてさえこなかった性器を唐突に扱かれ、葵は目を見開いて身体を仰け反らせる。
ひくりと痙攣する足先が、逃げ場を求めるように白い敷き布を掻いた。
どんなに抗おうとしたところで、その直接的な刺激に葵の欲は高まっていく。
快感に跳ねる小柄な身体を見下ろし、男はにやにやと嘲笑の笑みを浮かべた。
「嫌だ、嫌だって言いながら、ちゃんと反応してんじゃねぇか。はは、いやらしい奴」
そのあまりにもな言い草に、葵はかっと頭に血を上らせた。
「あなたが……!」
思わず叫び、次いで声を詰まらせた葵は、わなわなと唇を震わせる。
男を糾弾しようにも、自分はそのための言葉を知らない。
眩暈がするほどの口惜しさに、葵の目には薄らと涙が滲んだ。
(あなたが、私をこんな風にしたのではないですか! 私は、出来ることなら、この様に浅ましい己など一生知りたくはなかった)
どんなに心が拒んでも、男から与えられる刺激に、自分の口から漏れるのは媚びるような嬌声だ。
勃ち上がった男根を擦られれば、その先端からははしたなく先走りが零れる。
彼に指摘されずとも、己の身体に誰より失望しているのは、葵自身なのだ。
こみ上げてくる怒りや悔しさに唇を噛み締め、葵は自分に覆い被さる男を睨み付けた。
その瞬間、男は凍り付いたように手を止め、葵を凝視したまま表情を無くす。
それに訝しく思うより先に、彼は忌々しげに顔を歪めた。
「くそっ、何で俺が、野郎なんかに……!」
苛立たしげに金糸を掻き乱し、ぎらぎらと燃えるような瞳で男は葵を見下ろす。
彼は弄んでいた葵の男根から右手を放し、その下で固く口を閉ざす後孔に手を伸ばした。
別段、解されたわけでもないそこは、当然のごとく侵入者を拒む。
『いたっ……、うぅ、やめ……、やめて、くださ……』
無理矢理抉じ開けようとする指先は痛みを伴い、葵は冷や汗を掻いて身を硬くする。
指の先すら受け入れない後孔に、男は舌打ちをして己の懐を探った。
そうして小さく透明な入れ物を取り出すと、茶色の栓の端を奥歯で噛んで引き抜く。
途端に、室内に場違いなほど甘い花の香りが充満した。
不機嫌そうに眉間に皺を寄せたまま、男は口に残った栓を吐き捨ててから、入れ物の中身を葵の下肢へと垂らした。
『なっ!……な、に……?』
どろりとした得体の知れない液体が足の付け根を伝い、葵は顔を青ざめさせて視線を下げる。
だが、それが何であるかを確認するより早く、男は後孔の入口に液体を塗り込め、そのぬめりを利用して指を侵入させた。
『ひぃ、うぅ……!』
体内に異物が入り込む感覚に、葵の中が男の指を拒むようにきゅうと締め付けた。
内壁を擦る指はそのままに、男は先程までの痛みで萎えてしまっていた葵の男根を掴むと、上下に扱きながら先端の割れ目を強めに擦る。
強制的に与えられる快感に、葵は頭上で縛られたままの両手で拳を握った。
『あ……ぁ……いっ、ぅ……』
僅かに緩み始めた入口に、男はもう一本指を増やし、その間から後孔へと液体を流し込む。
激しい水音を立てながら、内壁を擦る指が与える苦痛に、葵は歯を食いしばって耐えた。
どれくらいそうして蹂躙されていたのか、ようやく指が引き抜かれたことに、葵は無意識の内に息を吐き出す。
しかし、そうして安堵したのも束の間、乱暴に腰を引き上げられて小さく声を上げる。
慌ててそちらに視線を移せば、いつの間にか自分の服を寛げた男が、じっと葵を見下ろしていた。
そこに、初めの頃の余裕ぶった笑みは見当たらない。
むしろ、静かすぎる表情の中で、月明かりに照らされて淡く輝く金糸の下、瑠璃色の瞳だけが爛々と光を湛えていた。
思わず葵が息を呑んだ時、ひたりと後孔に硬いものが宛がわれる。
『やめっ……ぁ……っ!』
身構える間もなく中に押し入ってきた熱い男根に、一気に奥を突かれた葵は背を仰け反らせて悲鳴を上げる。
男は葵の腰を掴みなおすと、葵の苦痛に構うことなく、激しく腰を動かし始めた。
『はっ……あ、あ、あぁ……』
暗闇の中に、男の荒い息づかいと、寝具の軋む音が響く。
結合部から漏れる粘着質な音と、揺すられる度に鳴る鎖の音が葵の精神を苛んだ。
『あ、あ、あ……、はぁ、ん、あ……』
激しい抜き差しに翻弄されるまま、無意味に嬌声をあげることしかできない。
ぐらぐらと揺さぶられる視界の中で、月光を受けて淡く光る金色がやけに脳裏に焼き付いた。
(あぁ、――……喰われる)
突拍子もない考えが、葵の脳裏に浮かんでは消えていく。
男が鬼などではなく、自分と同じ人間であることを、葵はもう知っている。
それでも、幼い頃に抱いた“鬼”への畏怖と憧憬は簡単に消えるものではない。
(金色の鬼に、喰われてしまう)
ひときわ強く奥を穿たれるのと同時に、葵の中で熱い精液がはじけた。
声にならない悲鳴を上げながら、葵の背が弓形に反る。
腰を掴んだ男の指先に力が入り、敏感になった肌にはその刺激すらきつい。
真っ白に染まる意識の中で、諦念と、ほんの少しの愉楽が葵をつつんだ。
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嵌め殺しの窓から差し込む光に、葵は億劫そうに瞼を開いた。
目を焼くような暴力的な日差しに顔を顰めて、葵は深々と息を吐いた。
これほど燦々と太陽が照りつけているのだから、もう既に昼近い時刻なのだろう。
節々が悲鳴を上げる重たい身体を引きずり、葵は気怠げに身を起こした。
あの嵐のような夜以来、金髪の男は三日と空けずに葵の部屋に訪れるようになった。
明け方まで、激しく貪られた翌日は、こうして昼頃まで意識を失ったように眠り続けるのが常だ。
朝早く起きて、鍛錬や読書に励んでいた頃から比べると、なんと嘆かわしく堕落した生活だろう。
そうして、何よりも、抱かれる事に慣れていく自分の身体が嫌でたまらない。
初めは痛みや圧迫感しか無かったはずなのに、近頃では稀に快感を覚えるようになった。
まるで自分の身体が得体の知れないものになっていくようで、葵はじわりと湧いた恐怖に拳を握った。
気持ちを切り替える様に息を吐き出し、何気なく視線を下げれば、いつも通り真新しい服を身に着けている。
服を代えるには一度足枷を外す必要があるためか、着替えはいつも葵の意識が飛んでいる内に済まされていた。
それをしているのが、金髪の男なのか、或いは別の誰かなのかは知らない。
ただ、様々な体液で汚れた身体やら、後孔から溢れ出る精液やらを他人に処理されているのかと思うと何とも言えない気分になる。
好き勝手された翌日は、ローもボルトも昼頃まで部屋を訪れない事を考えれば、葵が男の慰み者にさるているのは周知の事実なのだろう。
段々と痛みを増す頭に、葵は眉間を揉んでから考えるのを止めた。
取り合えず、水でも飲もうかと立ち上がった時、バタバタという足音と共に、大きな音を立てて扉が開いた。
何事かと身構えると、入り口から小柄な影が室内に飛び込んでくる。
その影は、振り返って素早く扉を閉めると、外へ向かって大声で叫ぶ。
「テネロリアに着くまで、俺はぜーったいに、船から降りないんだからね!」
予想すらしていなかったその人物に、葵は固まって目を見開く。
それは扉に向かって舌を出していた相手も同じだったようで、振り返って葵を見つけた瞬間、きょとんと目を丸めた。
だが、直ぐに我に返ったようで、わっ感嘆の声を上げると顔を輝かせて駆け寄ってくる。
「黒い髪と目の人なんて初めて見た! ねぇ、君、誰? この船のクルーじゃないよね? どこから来たの!?」
「え? あの……」
くるくると興味深げに己の周りを廻る人物に、葵は困惑したまま曖昧な笑みを浮かべる。
その人物が、余りにもこの船には不釣り合いであったため、どう対応したら良いのか分からない。
途方に暮れたように自分を見下ろしていた葵と視線が合うと、明るい金髪の少年は満面の笑みを浮かべた。