「あれー、それって、雷じゃない。どうしたの?」
「うわ! 店長! びっくりした」

背後から突然かけられた声に、少女は飛び上がるようにして驚いた。
気を落ち着かせようと何度も深呼吸を繰り返す彼女を、面白そうに見つめていた店主だったが、少女の手に乗る硝子玉に視線を向けた。

「これ、もしかして先日の?」
「そうです、雷様がお礼にってくれたんです」

数日前、少女が働くこの不思議なお店に、子鬼もとい雷様がやってきた。
なんでも、雷雲を無くしてしまい、雨を降らせることができなくなってしまったとのことだった。
キャンキャンと肩で喚く雷様を乗せたまま、少女は同じく店でバイトをしている少年と供に雷雲の捜索に借り出された。
てんやわんやの末、ようやく雲を見つけた彼女達は、ついでに風神様と雷神様の喧嘩の仲裁までサービスする破目になった。
そして、最後に雷神様がくれたのが、この小さな硝子球だったのだ。

「ふーん、けっこう綺麗なもんだね」
「そうですよね。私、小さい頃は雷って怖かったんですけど、こうやって見るとピカピカ光ってすごく綺麗だなって」

硝子玉の上に漂う小さな雷雲から、白や紫の光りがあの独特の形をつくって振っていく。
暗い部屋の中で見ると、さらに輝いて見えて、最近の少女のお気に入りの一つだ。

「良かったね、良いものもらったじゃない」
「そうですね、これもすごく嬉しかったけど……」

店主の言葉に、少女は彼を振り返り、少し考え込むように小首をかしげた。

「でも、私が一番嬉しかったのは雷様の『ありがとう』だったんです」

涙でくしゃくしゃになりながらも、雷様が満面の笑みでくれたお礼の言葉は、少女の胸を温かくしてくれた。
別に、お礼が欲しくてこのバイトを続けているわけではないけれど、お客様のお礼があると、次も頑張ろうと意欲がわいてくる。

「なんか、まるで心の中に陽がさして、花が咲くイメージと言うか、とにかく温かくて。この瞬間が私は大好きなんです」
「……ふふふ、さすが、ひなちゃんっと言ったところだね」
「どういう意味ですか?」

楽しげに笑う店主を、少女は不思議そうに見上げた。

「心に太陽の花を咲かせる子、まさに、陽菜子ちゃんじゃない」
「えー」

店主の言葉に、彼女は不満げな声を漏らす。

「店長ってば、『ひな』は新米ひよこのひなだっていっつも私をからかうくせに」
「ははは、そっちも、まさにひなちゃんなんだもん」

頬を膨らます少女を一頻り笑った後、店主はからかうような表情をおさめて、静かな微笑を浮かべた。

「いや、でもね、その調子で、お狐様の氷も溶かしてくれると嬉しいな」
「え?」

小さく呟かれた言葉に、少女が目を丸めた時、彼女達の背後で来客を知らせるドアベルが音を立てた。
彼女が振り返ると、バイトの少年が入ってくるところで、彼の琥珀色の瞳と視線があった。
彼は通いの少女とは違い、この店に住み込みで働いている。
物静かで、口数が少なくて、最初は近寄りがたい雰囲気だったが、本当はとても優しいことを少女は知っている。
少年は彼女達に小さく会釈すると、着替えるために店の奥に引っ込んだ。
彼の後姿を見送っていた少女は、話途中だったことを思い出し、店主を振り返った。

「そう言えば店長、話の途中でしたけど……」
「うわ、もうこんな時間だ。長話しすぎちゃったね。ひなちゃんも、そろそろ着替えといで」

少女の言葉を遮った店主の言葉に、彼女は壁掛けのからくり時計を見上げる。

「あ、まずい。私、まだ制服のままだった!」

慌てて駆けて行く少女の後姿を、店主は目を細めて眺めた。
にやりと笑みを浮かべ、彼はカウンターに肘を突く。

「当店自慢のお日さまは、どうやって頑ななお狐様の心を開放するか……。あとは紐を解いてのお楽しみってね」

呟かれたその言葉を聞いていたのは、棚に陳列された骨董品達だけだった。

「さてさて、僕も仕事をしようかな」

大きくあくびをして、店主は店の奥に消える。
もう少しすれば、明るい少女の声が店内に響き始めることだろう。
それは、ある路地裏に店を構える、不思議な雑貨屋の日常。